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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1995号 判決 1993年1月26日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

井関勇司

右訴訟復代理人弁護士

藤掛伸之

被告

株式会社毎日新聞社

右代表者代表取締役

児玉治利

右訴訟代理人弁護士

高木茂太市

久保昭人

入江教之

主文

一  被告は、原告に対し金三〇万円及びこれに対する昭和六二年一〇月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し別紙一謝罪広告記載のとおりの謝罪広告を、毎日新聞大阪本社版朝刊の社会欄一三版の紙面の左最上部に二段幅で、「毎日新聞謝罪広告」の部分は二倍半明朝体活字で二段抜きとし、原告及び被告名は一倍半明朝体活字で二段抜きとし、「当社のミスにより兵庫県議会議員甲野太郎氏の名誉・信用を傷つける内容の記事を毎日新聞に掲載、頒布したことについてのお詫びと訂正」の部分は一倍半ゴシック体活字で二段抜きとし、その他の部分は毎日M活字として一回掲載せよ。

2  被告は、原告に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一〇月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三三年、一橋大学商学部を卒業後、K製鉄株式会社(以下「K」という。)に勤務し、昭和五四年四月に神戸市須磨区選挙区選出の兵庫県議会議員に初当選、昭和五八年四月に再選、昭和六二年四月に三選され、県議会議員の地位にあった者である。

被告会社は、日刊新聞等の発行を目的とする株式会社であって、「毎日新聞」の名称を付した日刊新聞を発行している。

2  被告会社は、昭和六二年一〇月一七日付、毎日新聞大阪本社版朝刊の社会欄一三版に「県議、組長と“灰色交際”」「神戸区画整理事業めぐり」の見出しを付け、その下に原告の上半身(縦5.5センチメートル×横3.7センチメートル)の写真とともに、「個人の権利に絡む“灰色交際”。議員として軽率な行動」、「再開発事業に参加できるよう、同会長へ協力を求めた。」等の文章を含む別紙二記載内容の記事(以下「本件記事」という。)を掲載、同日、これを発行して大阪を除く近畿一円に頒布した。

3  当時、原告は、兵庫県議会(以下「県議会」という。)で神戸市による山陽電鉄板宿駅周辺の区画整理事業(以下「板宿地区区画整理事業」という。)について、神戸市と暴力団との癒着を追及し、地元の一般市民の利益保護を訴えていた。

ところで、本件記事は、その見出し及び本文により一般読者に対して、『原告は、右の行動と裏腹に追及の相手方である暴力団組長と会食するなどの交際があって、同組長の仲介によりS不動産株式会社(以下「S不動産」という。)が宅地開発業者(以下「デベロッパー」という。)として進めていた板宿駅付近の再開発事業に、自己の在籍していたKの系列不動産会社K不動産株式会社(以下「K不動産」という。)を参入させるとともに、S不動産にKから建設資材を購入させ、自己及び自己の関係する企業の利益を不当に図った』との印象を与えるものである。

4  本件記事は、当時、被告会社神戸支局の記者であった城島徹が取材して執筆したものに神戸支局次長吉井秀一が見出し等を付け、被告会社大阪本社整理部において右見出し等を妥当と評価し、大阪本社編集局長の権限で毎日新聞大阪本社朝刊社会欄一三版紙上に掲載したものである。

5(一)  本件記事の掲載、頒布は、原告の県議会議員として得ていた政治的、社会的評価を失墜させ、原告の名誉、信用を著しく毀損した。

(二)  そして、右被告従業員らは、本件記事を新聞に掲載し、頒布すれば、原告の信用、名誉が毀損されることを知り、また知り得た筈であるから、右行為は、原告に対する故意又は過失による不法行為に当たる。

被告は、被告従業員の使用者として、被用者がその業務の執行につき行った右不法行為により原告に与えた損害を賠償する責任がある。

6  原告は、右不法行為により甚大な精神的苦痛を受けたが、それを慰謝するには一〇〇〇万円が相当である。

また、原告の名誉を回復するために、被告会社発行の毎日新聞大阪本社版朝刊社会欄に、別紙一謝罪広告記載の謝罪広告を一回掲載する必要がある。

7  よって、原告は、被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの謝罪広告の掲載並びに慰謝料一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年一〇月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、4は認める。

2  同2のうち、大阪を除く近畿一円に本件記事を掲載した新聞を頒布したとの点は否認し、その余は認める。頒布地域は、近畿のごく一部である。

3  同3のうち、本件記事が一般読者に対し原告主張のような印象を与えたことは否認する。

4  同5、6項は争う。被告会社は、後記のとおり事実に基づいて客観的に報道したのであって、原告の信用、名誉を毀損したことがない。

三  被告会社の主張

1  民事上の不法行為である名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは右行為には違法性がなく、また、右事実が真実であることが証明されなくとも、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当な理由があるときは、右行為には故意若しくは過失がなく、不法行為が成立しないものと解するのが相当である。

2  本件記事は、板宿地区区画整理事業と密接な関係にある再開発事業という公共性の高い事項に関する県議会議員たる原告の活動内容を記載したものであるから、公共の利害に関するもので、かつ公益を図る目的に出たものである。

3  本件記事は、主要な部分において真実であり、また見出しは適切なものである。

すなわち、昭和五九年当時、板宿地区区画整理事業に関連して山陽電鉄板宿駅北東側の神戸市須磨区平田町二丁目約二五〇〇平方メートルの地域について、S不動産がデベロッパーとして再開発事業(以下「本件再開発事業」という。)を進めていたところ、地元選出の県議会議員である原告は、本件再開発事業のデベロッパーに出身母体のKの系列会社であるK不動産(なお、K不動産には再開発事業についての実績がなかった。)を参入させようとした。

当時、S不動産が本件再開発事業をかなりの程度進めていたため、K不動産の参入について相当抵抗することが予想されたので、原告は、地元暴力団組長M1(以下「M1」という。)が地権者(妻のM2)の代理人としてS不動産に対して強い立場にあったのを利用して、M1を通じてS不動産に対し本件再開発事業にK不動産が参加できるよう働きかけた。そのため、S不動産もやむなくK不動産と本件再開発事業についての交渉に応じることになった。

そして、昭和五九年頃六月頃、原告は、本件再開発事業の共同化を進めるため神戸市内の料亭「山田屋」で、S不動産関係者、K不動産関係者、M1らと会食(以下「本件会食」という。)する機会を持った。本件会食において、S不動産関係者とK不動産関係者とは、本件再開発事業を共同化すること及びS不動産が工事発注先の鹿島建設株式会社(以下「鹿島建設」という。)に建設資材をKから購入するよう指示することに合意した。

以上のとおり、本件再開発事業へのK不動産の参入実現は原告の依頼によるM1の力に与かるところが大であるから、原告が「再開発事業に参加できるよう、同会長へ協力を求めた。」との本件記事の記載は真実である。

また原告が過去に在籍していたKの系列会社であるK不動産を本件再開発事業に参入させたことに対して地元民の間で「個人の利権に絡む“灰色交際”。」であり、「議員として軽率な行動」との批判が出ていたので、右の点についての本件記事の記載も真実である。

結局、原告の本件会食を含む一連の行為は、県議会議員の立場及び暴力団組長の力を利用して、原告の支持母体である企業の子会社であり、当時再開発事業に関して実績のなかったK不動産を再開発事業に無理やり参加させようとしたものと解するほかなく、原告とM1との接触は「“灰色交際”」と評価しうるもので、本件記事は、「県議、組長と“灰色交際”神戸区画整理事業めぐり」との見出しを付けるのにふさわしいものであった。

四  原告の反論

本件記事は、昭和六二年頃当時、県議会等で神戸市と暴力団M連合との癒着問題を追及していた原告の政治的信用を失墜させ、その追及の手を弱めるために、被告会社が神戸市ないしM1の働きかけを受けて新聞に掲載したものである。

被告会社は、神戸市ないしM1から右の目的による意図的な本件会食等の情報の提供を受け、本件会食等の趣旨、目的、背景などを十分に取材しないで、三年前の本件会食等の事実及び原告が関係のあった企業であるK不動産を本件再開発事業に参入させようとした事実のみを捉えて「県議、組長と“灰色交際”神戸区画整理事業めぐり」との見出しを付け、「個人の権利に絡む“灰色交際”。議員として軽率な行動」、「再開発事業に参加できるよう、同会長へ協力を求めた。」等の本文を掲載し、本件会食及び原告のM1との接触の趣旨、目的を不当に歪曲して報道したもので、虚偽に満ちたものである。

昭和五九年当時、S不動産は、一社のみで、実質上の地権者であり、かつ区画整理事業において神戸市と癒着して地元で大きな影響力を有していた暴力団組長M1の協力のもとに、デベロッパーとして本件再開発事業を進めていたが、地元商店街の住民の中には、S不動産の提示した地上権等についての評価額に対して疑問を持つ者も少なからずいた。このような状況の下で、原告は、地元商店街の役員からS不動産の出した地上権等の価格を更に高くできないかという要望を受けたので、本件再開発事業に他の企業を参入させることを考え、まず、兵庫県住宅供給公社(以下「公社」という。)に参入の要請をしたが、区画整理事業を進めていた神戸市が公社の参入に難色を示したため不成功に終わり、K不動産にその要請をした。

原告がK不動産に本件再開発事業への参入の要請をした理由は、公社が参入を断ったので、原告としては地元の企業で原告と関係があったK不動産に頼むほかなかったからである。K不動産は、原告の要請により本件再開発事業への参入の準備のため調査を始めたが、調査活動がM1の指図によるのではないかと推測される妨害により進められなかった。そこで、原告は、本件再開発事業についてS不動産、M1らと直接交渉して事態の打開を図るほかないと考え、S不動産関係者、M1らとK不動産の参入について交渉した。右交渉の過程でたまたま、本件会食が持たれたに過ぎないのである。

本件会食及び原告とM1との接触の趣旨、目的は、地元民のために、地上権等について適正な評価額を引き出すためであり、本件会食に至った経緯等の背景事情を考慮すれば、本件会食等は原告の正当な政治活動の一環であることは明らかである。

五  被告の再反論

原告は、S不動産が地権者に対して提示した地上権等の価格が低いのでそれを引き上げるため、先ず、公社に参入の話をしたが断られたと主張する。

しかし、原告がK不動産に先立ち公社に参入の話を持ち掛けたことはない。なお、原告は、K不動産に参入の要請したのと同じ頃公社に参入を要請をしているが、公社に対しては地上権等の価格に問題があることを全く伝えていない。

また、原告は、本件会食の目的は地上権等の価格を引上げるための交渉であると主張するところ、原告は、本件会食において、K不動産の代弁者となって本件再開発事業への参入について、S不動産と熱心に交渉したが、話題は、もっぱらS不動産とK不動産との共同事業化、共同事業の事業比率及び建設資材の購入についてであって地上権の価格については殆ど話題となっておらず、それ以後においてもK不動産がS不動産の評価額を問題としたことはない。

したがって、県議会議員たる原告は、本件会食等を通じて自分の関係している企業の利益を図ったものであり、原告の行為は、「個人の利権に絡む」との疑惑を持たれてもやむを得ない行為である。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因について

1  請求原因1、4は当事者間に争いがない。

同2の事実中、頒布地域を除く部分は当事者間に争いがないところ、<書証番号略>、証人吉井秀一の証言によれば、本件記事を掲載した新聞は、大阪府を除く、近畿の大部分に頒布されたことが認められる。

2  一般的に、新聞記事による名誉棄損の成否を判断するに当たっては、本文のほか、見出し等の内容及びそれらの配置等を総合的に勘案し、一般読者の普通の注意と読み方を基準とした場合に、当該記事から受ける印象によって名誉を棄損されたか否かを総合的に判断すべきである。

そこで、右の観点から本件記事による名誉毀損の成否を検討する。

本件記事の本文の内容の大要は、S不動産がデベロッパーとして進めていた本件再開発事業(なお、本件再開発事業は、神戸市が進めていた板宿地区区画整理事業と密接な関係がある。)に、県議会議員であった原告が以前在籍していたKの系列不動産会社であるK不動産を参入させようと画策し、右参入を実現するため、昭和五九年六月頃、地元の暴力団組長へ協力を依頼し、右組長が、自分も同席してS不動産関係者、K不動産関係者、原告らを会食させるなど仲介した結果、本件再開発事業はS不動産九、K不動産一の割合の共同事業となった。更に原告の要望で、S不動産は、S不動産の工事発注先の鹿島建設がKから建設資材を購入するように指示することになった。その後、原告は、昭和六二年九月の県議会で本件再開発事業について「暴力団が大きな力を持ち、事業に対する市民の信頼が失われている。」などと発言し、本件再開発事業と暴力団との関係に言及、本件再開発事業のあり方を批判し、他方、K不動産は社内事情を理由に本件再開発事業から撤退したというものであり、右内容に対して「県議、組長と“灰色交際”」「神戸区画整理事業めぐり」の見出しが付けられている。

以上の内容、見出しを総合すると、本件記事の一般読者は、県議会では本件再開発事業に対する暴力団の関わりを批判していた原告は、裏では、暴力団組長と交際がある反社会的な政治家であり、しかも、その暴力団組長と組んで、自分の関係する企業の利益を図るという悪質な政治家であるという、印象を受けるものと解される。

右のような印象を与える記事の日刊新聞への掲載、頒布は、一般的には、県議会議員である原告の社会的評価を低下させて、その名誉を毀損するものと解するのが相当である。

二被告の主張(違法性の阻却)について

1  本件記事は、神戸市が進めていた板宿地区区画整理事業と密接な関係にある再開発事業という板宿地区の地元住民の非常に関心の高い事項に関するものであり、しかも、県議会議員という公的地位にある原告の右再開発事業に対する活動内容に関するもので、原告の県議会議員としての適格性ないし政治倫理に関わる事項でもあるから、本件記事の記載の事実は公共の利害に関するものであると解される。

2  また、右のとおり公共の利害に関する事実の摘示がある本件記事の掲載、頒布は、他に特段の事情がない限り、社会に生起する様々な事実を報道して国民の知る権利に奉仕する報道機関の役割に鑑みると、専ら公益を図る目的に出たものと解するのが相当である。本件では、特段の事情に関する主張、立証がないから、本件記事はもっぱら公益を図る目的で掲載、頒布されたものと解される。

3(一) <書証番号略>、証人寺崎弘、同門田至弘、同三浦浩の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

(1)  神戸市による板宿地区区画整理事業に関連する再開発事業として、昭和五九年当時、S不動産がデベロッパーとなって本件再開発事業(地権者で組織する市街地再開発組合施行)を進めており、地元の暴力団であるM連合の会長であったM1は、地権者である妻のM2の代理人ないし地元の有力者としてS不動産と協力して他の地権者との交渉に当るなどし、S不動産に対して大きな発言力を有していた。

(2)  地元選出の県議会議員である原告は、昭和五九年頃、本件再開発事業のデベロッパーの変更又は他の企業の参入(参入、変更を併せて、以下「参入等」という。)を企て、公社及びK不動産に対しほぼ同じ頃、再開発事業への参入を要請した。

公社は、本件再開発事業に関連する区画整理事業を施行していた神戸市に対し、本件再開発事業への参入について意向を打診したところ、神戸市が直ちに難色を示したので、参入等を断念した。

他方、K不動産は、事業参入等の準備のため地元民からの意見聴取等の調査活動を開始したところ、M連合の指図ではないかと推測される妨害があって調査は成功しなかった。そこで、原告とK不動産は、K不動産を単独デベロッパーとすることは諦め、本件再開発事業への参入に絞ることになった。

(3)  原告は、本件再開発事業へK不動産を参入させるためには、直接、S不動産と交渉するよりも、前記立場にあったM1を通じてS不動産と交渉する方が得策であると考え、M1と交際のあった同僚の県議会議員からM1の紹介を受け、同人に対しS不動産とK不動産とが本件再開発事業について交渉できるように仲介することを頼んだ。

右依頼を受けたM1は、S不動産に対し、K不動産の参入の意向を伝えた。S不動産は、K不動産の本件再開発事業への参入に対して反対であったが、M1からの話を断り切れず、K不動産との交渉に応じることになった。

(4)  そこで、S不動産とK不動産とは、K不動産の参入について話合うため、M1の仲介により、昭和五九年六月頃、神戸市中央区の料亭「山田屋」において、双方関係者が出席して本件会食が持たれた。S不動産側からはS不動産大阪支社長(当時)村上義幸、本件再開発事業担当者(当時)寺崎弘、社員八田全弘が、K不動産側からはK不動産社長(当時)佐久間治、同常務取締役(当時)三浦浩、社員黒野正昭が出席し、原告、M1も同席した。

本件会食においては、原告がK不動産の代弁者のような立場でS不動産に対しK不動産の要求を出したのに対し、村上義幸がS不動産としてこれに応答し、その間でかなり激しい議論の応酬があったが、最終的には、本件再開発事業についてK不動産の参入をS不動産が認めて本件再開発事業を損益比率S不動産七、K不動産三の割合の共同事業とすること、S不動産が工事発注先の鹿島建設に対しKから建設資材を購入するように指示することで決着した。なお、M1は、本件会食の冒頭で出席者を紹介した後、間もなく退席した。

(5)  その後、S不動産上層部からKを通じてK不動産に対し右の損益比率について修正の申出があり、K不動産がこれに応じ、その損益比率は、S不動産九、K不動産一とすることに改められ、更に、昭和六二年九月頃、K不動産は、S不動産に対して、社内事情を理由に本件再開発事業から撤退する申出をして撤退した。

(6)  以上の認定事実と本件記事中の摘示事実とを対比すると、本件記事は、主要な部分において概ね真実と認められる。

なお、原告は、S不動産が地権者に対して提示した地上権の価格が安かったので、原告が地元民のためにその価格の引上げ交渉のため本件会食を持ったのに、本件記事はその背景事情を考慮していないもので、真実を報道したとはいえない旨主張する。

しかし、証人三浦浩、同寺崎弘の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件会食においてK不動産の代弁者となってS不動産と熱心に交渉したが、話題は、もっぱら本件再開発事業のS不動産とK不動産との共同事業化、共同事業の事業比率及び建設資材の購入についてであって、原告の主張する地上権の価格については殆んど話題とされず、それ以後においてもK不動産がS不動産の評価額を問題としたことはないことが認められ、本件会食が価格問題の交渉のため持たれたとするのは極めて疑問であり、原告の右主張は採用できない。

(二) ところで、本件記事冒頭の「県議、組長と“灰色交際”」との見出し部分(以下「本件見出し」という。)は、別紙三のとおり白抜きゴシック凸版見出しによる表示で、本文の活字よりも大幅に大きな文字を使用したものであり、これを一般読者の普通の注意を以て読むと、原告と暴力団組長との間に不明朗な交際があるとの極めて強い印象を与えるものといわざるを得ず、また本件記事の本文と併せて読んでも、前記のようなK不動産参入にかかるいきさつが付合いのある暴力団組長M1と組んだうえでの不明朗なものであるとの印象を払拭できないと解される。

そこで、原告とM1との関係についてみると、原告は、本件再開発事業へK不動産を参入させるために直接S不動産と交渉しないでM1を通じて交渉することにしたこと、原告は、M1と交際がなかったので同人と付合いのあった同僚の県議会議員にM1を紹介して貰ったうえ、M1に対し本件再開発事業についてのK不動産とS不動産との交渉の仲介を依頼し、M1が右依頼を引き受けて本件会食を設けたことは前記判示のとおりであるところ、原告本人の尋問の結果によれば、原告は、M1とは本件会食のほか、それ以前に二回位同人の関係するM建設の事務所で話合ったことが認められるものの、その他に同人と接触した事実を認めるに足りる証拠はなく、右事実のみでは原告と暴力団組長としてのM1との間に未だにいわゆる不明朗な交際があったとまで認めることはできない。また、被告会社が本件見出しを付けたことについて、証人吉井秀一及び同城島徹の各証言によれば、被告会社としては、取材の過程で、本件会食の事実及び原告とM1との数回の接触の事実を掴んだが、吉井秀一が城島徹の報告以外に裏付けを取ったのは本件会食の事実のみであり、主として本件会食を捉えて、原告とM1との灰色交際と評価して、本件見出しを付けたことが認められる。

そうすると、当時、M1が自身の妻が地権者の一人である等の事情から、本件再開発事業に一定の発言力を有していたことは前記のとおりであり、このような立場のM1との本件会食の事実のみをもって、前述のような内容、態様の見出しを付けることは、前記のような本件見出しの与える影響に照して不相当といわざるを得ない。また、原告と暴力団組長としてのM1との間には本件会食以外に特段不明朗な交際の認められないことは前記のとおりであり、そのような交際があったと信じるに足りる相当な理由も認められないので、結局、本件見出しは、原告の弁明を含む本件記事本文を併せ読んだとしても、多大な誤解を与えかねないものであり、日刊新聞の見出しが、一般公衆の耳目を引くために多少の誇張的ないし刺激的表現が許されることを考慮しても、その相当性の範囲を逸脱したものと解せざるを得ない。したがって、右不適当な見出しを付けた限度で、本件記事の違法性は阻却されず、本件記事に本件見出しを付し、これを頒布した被告の従業員に過失があったものといえる。

そして、新聞への本件記事の掲載及びその頒布は被告の従業員が業務の執行につき行ったことが明らかであるから、被告は、これにより原告の被った損害を賠償する責任がある。

三まとめ

そこで、被告会社が原告に慰謝すべき損害額及び謝罪広告掲載の当否について検討する。

本件記事は、社会的影響力のある日刊新聞に掲載され、大阪府を除く近畿の大部分に頒布されたこと、しかし、本件記事中の摘示事実自体は、概ね真実であり、本件における違法性はもっぱら本件見出しを付したことにかかわるものであること、その他本件に現れた諸般の事情を総合勘案すれば、原告の被った精神的苦痛を慰謝するには三〇万円が相当であり、名誉回復のために、謝罪広告の掲載を被告会社に命ずることは相当でないものと解される。

そうすると、原告の請求は、被告会社に対し三〇万円及びこれに対する本件記事掲載頒布の日である昭和六二年一〇月一七日から支払済みまで民法所定の法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法九二条本文、八九条を適用し、仮執行宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長谷喜仁 裁判官菅野雅之 裁判官野村明弘)

別紙一謝罪広告

当社のミスにより兵庫県議会議員甲野太郎氏の名誉、信用を傷つける内容の記事を毎日新聞に掲載、頒布したことについてのお詫びと訂正

当社発行の昭和六二年一〇月一七日の毎日新聞朝刊社会欄に「県議、組長と“灰色交際”」「神戸区画整理事業めぐり」の見出しで、貴殿の写真を掲げ、貴殿や貴殿の在籍する会社の系列不動産会社の柄権を図るために、暴力団組長と灰色交際をしている旨の記事を掲載、報道しましたが、これは真実に反し、貴殿の名誉、信用を著しく傷つけ、多大な御迷惑をおかけしました。

ここに謹んで深く陳謝いたします。

昭和  年  月  日

株式会社 毎日新聞社

代表取締役 児玉治利

甲野太郎 殿

別紙二記事

「県議、組長と“灰色交際”」

神戸区画整理事業めぐり

神戸市が同市須磨区で進めている区画整理事業をめぐり地元企業の事業参加を図る同区選出の甲野太郎・兵庫県議(五四)=民社=が、地元の暴力団組長の仲介で、デベロッパーの大手企業や地元企業の幹部、組長と会食、交渉していたことが十六日までに明らかになった。同県議は「地元住民、企業のため」と弁明しているが、デベロッパーに推薦した地元企業は甲野県議の在籍する会社の系列であることから「個人の利権に絡む“灰色交際”。議員として軽率な行動」とする声が出ている。

この区画整理事業は同区板宿(いたやど)地区を新たな商業地域に都市改造するもので、五十七年度から工事が始まった山陽電鉄地下化事業とセットで進められている。既に同電鉄板宿駅北東側の同区平田町二の約二千五百平方メートルは六十年初めに一帯の建物を取り壊し、跡地にデベロッパーのS不動産(本社・東京)が十四階建てと六階建ての再開発ビルを建設している。

関係者の証言によると、甲野県議は五十九年六月ごろ、暴力団「M連合」のM1会長(五五)の知り合いの県議を通じ、同会長と同市中央区の料亭で面談。同会長は、再開発ビルの事業区域内に妻名義の木造二階建ての組事務所兼マージャン店を持っており、地権者の妻の代理人として、全地権者との合意を目指すS不動産に対し有利な立場にあったため、同県議は自分の在籍会社であるK製鉄の系列会社、K不動産(神戸市)を再開発事業へ参加できるよう、同会長へ協力を求めた。

こうした要望を受け、M1会長は自分も同席して甲野県議とK不動産幹部とS不動産側を会食させるなど仲介した結果、S不動産はS九〇%、K一〇%の開発事業の共同化に合意。さらにS不動産は、甲野県議の要望で、工事発注先の鹿島建設に「建設資材の一部をK製鉄から購入するように」と指示した。

こうした経過について、S不動産大阪支社は「内容についてノーコメント」としながらも、「M1会長とは地権者の一人として会った」と説明。一方、交渉に立ち会ったK不動産の三浦浩・東京事業所常務取締役顧問は、料亭で一度、甲野県議、M1会長、S不動産幹部と会ったことを認めたうえで「S側から話があり、うちとしても勉強になるため参加を希望。共同事業に関しては文書契約はしていないが結局、九対一で合意した」と証言。

ところが、甲野県議が先月の県議会で、同地区再開発事業に絡み「暴力団が大きな力を持ち、事業に対する市民の信頼が失われている」などと発言。また共同事業計画はK不動産が社内事情を理由に、着手しないまま先月、S不動産に撤退を申し入れた。

「地元のため努力」と県議のこうした問題について甲野県議は「暴力団が一般市民の生活や区画整理問題に入り込むのはおかしい。M1会長とは暴力団組長としてでなく、地元有力者として会った。地元のために努力したのだ」と話している。

別紙三<省略>

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